【第10話】最期を見届ける強さ|新人介護士 八琉木みなぎの成長日記

新人介護士 八琉木みなぎの成長日記1

『最期を見届ける強さ』


夜勤だった三谷さんから、「〇〇さん、今夜はもう声が出ない状態だった」と引き継ぎがあった。
LINEの通知を見て、僕は明日の早番にちょっと緊張していた。

「もしかしたら、朝には……」

その言葉の意味が、なんとなく胸に残った。
僕はスマホで「看取りとは」と検索してみた。

――“看取り”とは、人生の最終段階にある人の時間を、穏やかに、安心して過ごせるよう支えるケアのこと。
治すことではなく、寄り添うこと。
ただそばにいて、「あなたはひとりじゃない」と伝える介護。

画面の文字を読んで、僕の中にじんわりと静けさが広がっていった。
……でも、実際に目の前でその瞬間が来たら、僕はどうすればいいんだろう。


朝、いつもの現場に入ると、まだほんのり夜の空気が残っていた。
窓際のカーテンから、うすく光が差し込んでいる。
三谷さんは静かに立っていた。ベッドサイドで、〇〇さんの手をやさしく握りながら。

「おはよう、みなぎくん。来てくれてよかった。…今、呼吸がゆっくりになってきてる。」

僕は言葉にならないまま、そっとその場に腰を下ろした。
〇〇さんのご家族がベッドの反対側に座っていて、小さな声で名前を呼んでいる。

「お父さん、来たよ。…ずっと、ここにいるよ。」

三谷さんは、ご家族の背中にそっと手を添えながら、
静かに見守るように立っていた。何も言わず、何も急かさず。

そのとき、〇〇さんの呼吸が、ふっと止まった。

誰も声を上げなかった。
ただ、誰かが泣くような、風のような気配だけがあった。


その後のケアは、静かで、でもとても丁寧だった。
三谷さんの手は落ち着いていて、まるで“ありがとう”って言っているみたいだった。
ご家族が「本当に…ありがとうございました」と頭を下げたとき、僕も一緒にお辞儀をした。
でも、心の中はまだ追いついていなかった。

人が亡くなるって、こういう時間なんだ――


見送りを終えて、現場の空気がほんの少し軽くなったように感じた頃、
僕は三谷さんに聞いた。

「怖くなかったんですか……? 最期の瞬間って。」

三谷さんは少し笑って、
「最期を見届けるのって、強さじゃなくて、優しさだと思うよ」と言った。

その言葉が、僕の中でずっと残っている。

三谷さんの背中は、この現場で僕が初めて“追いかけたい”と思った人の姿だった。
その背中が、もうすぐ見えなくなることを、僕はまだちゃんと受け止められていなかった。

〇〇さんのいないベッド。静かにカーテンが揺れている。
ほんの数時間前まで、そこに確かに“生きていた人”がいたということ。

看取りって、終わりじゃなくて、「見届けること」なんだ。

そう思ったら、僕は少しだけ深呼吸ができた。


みなぎの一言日記

人の命に向き合うって、思ってたよりずっと静かで、深くて、こわかった。

看取りって、「ただそばにいること」なんだと思う。
何かしてあげるんじゃなくて、そこに“いる”ことに意味がある。

でも、そこに立っていた三谷さんは、すごく優しかった。

僕も、あんなふうになれるだろうか。


みなぎメモ|看取りケアで学んだこと

  • 看取り期に入ったら、時間を“整える”ことが大切
    静かな空間の中で、穏やかな時間を一緒に過ごすことが、ご本人にとっても、ご家族にとっても意味のある時間になる。
  • ご本人への声かけは、「変わらずここにいるよ」と伝える意味がある
    意識がなくても、声は届いていると信じていたい。三谷さんの声かけを聞いてそう思えた。
  • ご家族への寄り添いも、介護士の大事な役割
    特別な言葉がなくても、そばにいることで安心してもらえる場面がある。
  • “強さ”じゃなく、“優しさ”でそばにいる
    最期の時間に必要なのは、何かをする力よりも「静かに寄り添う姿勢」だと知った。
  • 死後のケアも、その人の人生の一部
    三谷さんのケアは、最期までその人を大切にしていた。僕も、そんなふうに寄り添える介護士を目指したい。

※この物語はフィクションですが、介護の現場で実際に起こり得るエピソードをもとに構成しています。


関連リンク

コメント

タイトルとURLをコピーしました