【第11話】僕の手で、次の一歩を支える番だ
📅 7月〇日(〇曜日)🌤️
セミの声が、朝の空気を押し上げるように響いていた。
夏が来た。
あの日、三谷さんに「初任者研修、行ってきなさい」と背中を押されてから、
もう3ヶ月が経つ。
慌ただしく過ぎた春。
気づけば、僕は「新人」と呼ばれることに、少しだけ違和感を持つようになっていた。
今日は、三谷さんの最後の出勤日。
いつも通り現場に立っているその姿を見ていると、
本当に辞めてしまうんだな…と、実感がわいてきた。
「おはよう、みなぎくん」
「……おはようございます」
声をかけながらも、なんだか胸の奥がもやもやしていた。
先輩のいない現場なんて、まだ想像ができない。
だけど、そんなこと言ってられない。
僕はもう“見て覚える”だけの新人じゃない。
今度は僕が、次の誰かを支える番なんだ。
午前中は、三谷さんと一緒に排泄介助。
ご利用者さんの表情、体の向き、移乗のタイミング――
三谷さんの動きは、やっぱりどれも無駄がなくて、優しかった。
僕も、同じように動いてみる。
隣から「うん、上手になったね」と声をかけられて、
こっそり口元がゆるんだ。
午後は入浴。
一人ひとりの入浴が終わるたびに、
「ありがとうね」「気持ちよかったよ」って声が返ってくる。
それは、三谷さんが築いてきた“信頼”の証。
それを引き継ぐのは…きっと、僕なんだ。
夕方。
フロアの空気が少しずつ変わる。
送別の寄せ書き、プレゼント、
「お疲れさまでした」の拍手。
みなぎは、あらかじめ買っておいた花束をそっと取り出した。
派手ではないけれど、三谷さんの好きな色を選んだ。
「これ……三谷さんに。
僕から、個人的にどうしても渡したくて」
少しだけ驚いたような表情のあと、
三谷さんは、にっこりと笑って受け取った。
「ありがとう。きれいね……みなぎくんらしいわ」
そしてふと、小さく笑って言った。
「……本当は、もう少しだけ、ここにいたかったけどね。
夫の転勤で引っ越すことになって。ちょっと寂しいけど、仕方ないわね」
三谷さんがロッカーを閉める音が、やけに大きく響いた。
最後に、僕の前で足を止めて言った。
「……みなぎくん、あなたは大丈夫よ。
きっとこれから、いい先輩になれる」
その言葉に、涙が出そうになって、
「はい。僕……がんばります」
そう言うので精一杯だった。
建物の外まで見送りに出た。
玄関の前で深く一礼し、歩き出した三谷さん。
後ろ姿が、夕日で金色に染まっていた。
「……ありがとうございました。
僕、必ず成長します」
その背中が、もう見えなくなるまで立ち尽くしていた。
みなぎの一言日記
最後まで、カッコいい先輩でした。
今度は、僕が誰かの“背中”になります。
みなぎメモ
- 見守る姿勢を忘れない
- 怒らずに「伝える」
- 自分がされて嬉しかった声かけを、次に伝える
- 失敗しても、フォローで信頼をつなぐ
- “見ていてくれる人がいる”安心感を忘れずに
👣 前話: 最期を見届ける強さ(第10話)
🔁 まとめページ: やる気みなぎシリーズまとめ
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