私の名前は涼風しずく。
介護の仕事を始めて、間もない新人です。
不器用だけど、できることをひとつずつ覚えようと、毎日奮闘しています。
排泄ケアは、正直ちょっと苦手でした。
おむつ交換は手順が難しくて、トイレ誘導はタイミングがわからない。
「いま声をかけるべき? それとも、まだ早い?」
私の中には、いつもそんな迷いがありました。
これは、そんな私が“タイミングを見誤った日”の、小さな失敗と学びの記録です。
その日の担当はAさん。
午前中は特に問題もなく、いつも通り穏やかに過ごされていました。
排泄記録を見ると、Aさんは午前10時ごろにトイレに行くことが多い。
時計を見ると、ちょうど9時50分。
「よし、誘導してみよう」
私は内心の緊張をごまかすように、Aさんのところへ向かいました。
「Aさん、そろそろお手洗い行きませんか?」
少し笑顔で声をかけたけれど、Aさんは首を横に振って、
「……まだいい」と小さくつぶやきました。
(あれ……? 行かなくて大丈夫なのかな)
無理に誘うわけにもいかず、そのまま引き下がりました。
ところが——
それから15分後、Aさんのズボンが濡れているのを先輩が見つけたのです。
「う〜ん、間に合わなかったか。もうちょっとだったね」
先輩の言葉を聞いて、私は一気に青ざめました。
私があの時、もう少し丁寧に声をかけていたら…。
それとも、あと5分だけ待っていたら……。
利用者さんのケアが終わったあと、
休憩室で先輩の田村さんが声をかけてくれました。
「誘導してみたんでしょ? タイミング、難しいよね」
私はうなずきました。
自信がなかったこと、断られて引いてしまったこと——全部話しました。
田村さんは、やさしく笑って言いました。
「声かけって、単に時間だけじゃダメなんだよね。
その人の顔つき、落ち着き具合、そわそわしてないか……そういう“サイン”が出てたりするから」
「サイン……ですか?」
「うん。あと、“今すぐじゃなくても、近いうちに行きたくなるかも”って人には、
『ちょっとだけトイレ行っておきませんか?』って声をかけると案外すっと立ってくれたりするよ」
田村さんの言葉は、どこか安心感がありました。
私はただ記録を見て「そろそろかな」と思っただけだった。
本人の気持ちやサインを見る視点が、すっぽり抜けていたんです。
帰宅してから、私はいつものようにノートを開きました。
「排泄ケア」「トイレ誘導」とタイトルを書いて、その日気づいたことを箇条書きにしていきます。

- 排泄記録はあくまで“目安”
- 表情・しぐさ・姿勢など“サイン”を観察する
- 声かけの言い方も工夫する(例:「今のうちに行っておきませんか?」)
ネットで「排泄 誘導 タイミング」で調べてみると、
「5W1Hで考える」や「1人ひとりのパターン把握」などの言葉が出てきました。
「なるほど……“いつ・どこで・なぜ”まで考えるのか」
頭の中が少しずつ整理されていくのを感じました。
数日後。
また別の利用者さんで、トイレの誘導を任される場面がありました。
少しだけ間をとって、表情を見て、
「今のうちにお手洗い、行っておきませんか?」と声をかけてみたんです。
その方は「そうね、じゃあお願いしようかな」と、すっと立ち上がってくれました。
私は、ほんの少しだけほっとしました。
排泄ケアは、ただ「誘導する」だけじゃなくて、
その人の気持ちや生活のリズムを理解することから始まる——。
そう気づいた日でした。
きっと、うまくいかない日はまだまだある。
でもそのたびに、私は少しずつ“見えるもの”を増やしていけたらと思います。
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