第2話「“見て覚える”のその先へ。僕の手が動いた日」
2025年4月2日(火) 曇り空。
「おはようございます!」
昨日よりほんの少しだけ、声が出せた気がした。
朝の申し送りで先輩が、
「みなぎくん、今日は排泄ケアの見学お願いね」
と言った瞬間、ぼくの心はちょっとだけざわついた。
オムツ交換。
昨日のフロアでも、なんとなく「大変そうだな」と思っていたあれだ。
10時ごろ。利用者さんの居室にて。
先輩がノックをして声をかける。
「◯◯さん、おはようございます。オムツ交換させていただきますね。失礼します。」
部屋の中に入ると、ほんのり独特なにおいがした。
ベッドの上で目をつぶったままの利用者さん。
先輩の動きは、思っていたよりも丁寧で、思っていたよりも早かった。
ぼくはただ、立ちすくんで見ていた。
「紙パンツ下げるよー、ちょっとごめんねー。よし、オーケー」
何が“オーケー”なのかすら、まだよく分からない。
けどその時、先輩がぼくに言った。
「じゃあ、みなぎくん。お尻の下に新しいパッド、差し込んでみよっか」
…えっ?
手が、固まった。
先輩がもう一度、やわらかく言った。
「大丈夫、ゆっくりでいいよ。わたしが声かけてるから、みなぎくんは手だけ動かしてみて」
ぼくは深呼吸をして、
折りたたまれた新しいパッドを両手で持った。
ぎこちない手つきだったと思う。
でも、先輩の手の動きを思い出しながら、
利用者さんのおしりの下に、そっと差し込んだ。
「……できました」
ぼくが小さな声で言うと、先輩が笑った。
「うん、上手!最初はそれで十分。いいじゃん!」
その一言が、
昨日からぎゅっと縮こまっていたぼくの胸の中を、
少しだけ広げてくれた気がした。
“見て覚える”だけじゃなくて、
今日は“自分の手”が、介護の一部になった日だった。
🏡 その日の帰り道
更衣室の鏡に映った自分の顔。
少しだけ、昨日より引き締まって見えた――気がした。
「おつかれさま!今日、動けたやん」
と先輩が言ってくれたその言葉が、
何回も頭の中でリピートしてる。
ロッカーにしまったメモ帳を開いて、ぼくは1行だけ書いた。
『2025.4.2 初めて“自分の手”で介護をした日』
その文字を見て、なぜかちょっとだけ、顔が熱くなった。
外に出ると、曇り空の向こうに、ほんのり夕日が差していた。
帰り道の足取りは、少しだけ軽く感じた。
明日もきっと、何かできるようになる。
ぼくは、ぼくなりに、ちゃんと進んでる。
🌱 みなぎの一言日記
緊張して、呼吸も忘れそうだったけど…
「手が動いた」っていう小さな一歩が、今日の自信になった。
明日は「声かけ」も、挑戦してみたい。
💡 みなぎメモ:排泄ケアのポイント
- 声かけは絶対に忘れないこと(「失礼しますね」「動かしますよ」など)
- オムツ交換=作業ではなく、尊厳を守る大切なケア
- ゆっくりでもいい。まずやってみることが成長のはじまり
※この物語はフィクションですが、介護の現場で実際に起こり得るエピソードをもとに構成しています。
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※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、施設とは一切関係ありません。
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