第3話「間に合わなかった…僕の誘導ミス」
2025年4月5日(金) 晴。
介護士になって、2週間が過ぎた。
覚えることも多く、毎日があっという間に過ぎていく。
僕の名前は八琉木(やるき)みなぎ。
この春、高校を卒業して、介護の世界に飛び込んだばかりの新人だ。
まだまだ不安だらけだけど、少しずつ、利用者さんの名前と顔を覚えられるようになってきた。
声をかけられることも、前より増えてきた気がする。
「八琉木くん、トイレに行きたいんだけど」
午後のティータイムが終わり、少し落ち着いた時間帯。
ひとりの女性利用者さんが、そう声をかけてくれた。
「はい、今すぐお連れしますね」
笑顔で答えて、その場を離れた僕。
ポータブルトイレか、トイレまでの誘導か…どうするのがいいか一瞬考えながら準備を進めようとした、そのときだった。
別の部屋からナースコールが鳴った。
(どうしよう……まずこっちを対応してからにしよう)
迷いながらも、僕はナースコールを優先した。
すぐ終わらせて戻ろう――そう思っていた。
でも、現実はそううまくはいかなかった。
ナースコール対応を終えて部屋に戻ると、
さっきの利用者さんが、静かに座っていた。
ズボンが少し濡れていて、彼女は目を伏せながらぽつりとつぶやいた。
「間に合わんかった。ごめんね」
言葉を失った。
僕が“すぐに”動いていれば、防げた失敗だった。
「ごめんなさい」と僕は小さく言ったけれど、彼女の表情はやさしかった。
むしろ気をつかわせてしまっているのが、余計に苦しかった。
すぐに先輩に報告した。
怒られると思った。泣きそうだった。
でも、返ってきたのはやさしい言葉だった。
「みなぎくん、これは失敗かもしれんけど、大事な経験やね」
先輩は女性の介護士さん。
現場のベテランで、いつも穏やかに新人の僕に声をかけてくれる。
「“トイレに行きたい”って言われたら、できるだけ最優先で動くこと。
その少しの差が、間に合うかどうかを分けるんよ。
それからね、もし他にも対応が重なったり、迷うときは、まわりに声をかけてもええとよ。
“ひとりで抱え込まん”っていうのも、介護ではすごく大事なことやけんね。」
僕が下を向いたまま黙っていると、先輩は僕の肩にやさしく手を置いた。
「大丈夫、そんなに落ち込まんで。
誰だって最初はうまくいかんもんよ。
私だって、新人の頃はいっぱい失敗したんよ。
でもね、こうやって“悔しい”って思えるのが、いい介護士になれる第一歩なんよ」
先輩のその言葉に、心がふっと軽くなった。
帰り道、僕は一人で空を見上げた。
悔しいし、情けなかったけど――でも、今日のことを絶対に忘れないようにしようと思った。
“トイレに行きたい”という一言。
そこには、その人の「信頼」が詰まっていた。
その信頼に応えられる介護士になろう。
僕の中に、そんな小さな決意が生まれた。
次は、絶対に間に合わせてみせる。
そう、心に強く誓った。
📝 みなぎの一言日記
今日は悔しかった…。
でも、悔しいって思えた自分を、少しだけ誇りに思う。
📌 みなぎメモ ~先輩から学んだこと~
- 「トイレに行きたい」の一言は、信頼の証。
- ナースコールより優先すべき場面もある。
- 失敗しても、学べばいい。それが成長につながる。
- 困ったときは、ひとりで抱えずに“周りと連携”する勇気も大切。
※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、施設とは一切関係ありません。
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