伝えたいのは、安心でした
あのとき、しずくの顔には、昔の自分が見えたんです。
認知症のある利用者さんへの声かけ――何が正解かわからなくて、不安でいっぱいだったあの頃の僕。
だからこそ、今度は僕が伝えたかった。
「安心していいんだよ」って。
そんなことを思ったのは、ある朝のミーティングのあとでした。
朝のミーティングが終わり、現場に出る前にロッカールームで支度をしていると、背後から声がした。
「……あの、八琉木さん」
振り返ると、涼風しずくが立っていた。表情は少し曇っている。
「今日、1階の〇〇さんのフロアなんですけど……何かあったら、対応お願いしてもいいですか?」
「〇〇さんって、認知症のある……」
「はい。昨日の遅番で、少し混乱されてて。私、ちょっと自信なくて」
しずくの言葉に、僕はかつての自分を重ねていた。怖かった。何を言っても通じない気がして、どう接していいかわからなかった。
でも――。
「大丈夫。困ったときは一緒に考えよう。僕も初めてのとき、先輩にいっぱい助けてもらったから」
そのときのしずくの表情は、少しだけ和らいでいた。
午前中、〇〇さんがフロアを歩き回り、「帰らないと」と何度も呟いていた。しずくは戸惑いながらもついて歩いていたが、途中で立ち止まり、僕に目で助けを求めてきた。

僕はゆっくり〇〇さんの目線に合わせ、穏やかに声をかける。
「お家、心配ですよね。じゃあ、ちょっと一緒に座って考えましょうか」
〇〇さんは立ち止まり、僕の手にふれてきた。
「……あんた、いい人やね」
そのあと、しずくが控え室でぼそっとつぶやいた。
「否定しなかったんですね。『ここは施設です』とか言わずに」
「うん。否定されると、余計に不安になるみたいなんよね」
「なるほど……。覚えておきます」
少し間を置いて、僕は続けた。
「僕も最初わからんくて。動画とか見ながら勉強したよ、こういう対応の仕方って」
「動画?」
「うん。現場ですぐ使える内容が多くてさ、結構助けられた」
「ふーん……」
いつものように淡々とした返事。でも、少し興味を持ったようにも見えた。
うまく伝えられたかはわからないけど――
しずくの中に、ほんの少しでも安心が芽生えていたら、それで十分だ。
☘️みなぎの一言日記
“安心”って、言葉だけじゃ伝わらないんだ。
目線と声のトーンと、あと「その人を否定しない」こと。
それを、少しずつ伝えていけたらいいなって思った。
📌みなぎメモ|認知症ケアの基本
- 否定しない:本人の感じている“現実”を否定すると不安が強くなる
- 安心を与える:やさしい声かけやふれあいで安心感を
- 一緒に行動する:歩き回るときは、そばについていくことで混乱を減らす
- 学びは続く:動画や先輩の対応など、学べる機会は日常にある
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👉 ケアラルを1ヶ月使ってわかった!介護現場で“本当に役立つ”動画学習サービス
⬅️ 【前話『“介護過程”って、こんなに深かったんだ。』6話
➡️ 【次話】(次話公開後にリンク設置予定)
📚 【まとめ】
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